老いと向き合う仕事について、まるで友達とカフェでおしゃべりするみたいに話す坂根優希さん。総合老人福祉施設弥栄はごろも苑で介護士として働き始めて二年が経つ。「活動やおやつの時間は決まっているんですけれど、眠たそうにしていたら寝かせてあげたい。私だってそんな日があるから」。毎日アンテナを張っているから、ご利用者のわずかな変化に気がつくのだという。朝起きてご飯を食べ、何かをふつうの暮らしをふつうに続けるお手伝いが、優希さんの仕事だ。眠たいとき、調子が悪いとき、テレビを見たいとき、1人でいたいとき。私たちの心と体はいつだってあっちへ行ったり、こっちへ来たり。誰だって、思ったほどにはコントロールできないもの。その揺らぎに寄り添い、ふつうのこととして受け止めて、優希さんの仕事ははじまる。

「家で暮らしていた時のように、自分の持ち物やお茶碗があって、ご飯は配膳されたものではなくて、台所で盛り付けているところが見られるのも家みたい。体が動く利用者さんには洗濯物を干してねって声をかけたりして、私の方が生活の場に入っている感じ」。一人ひとり個室の雰囲気も、匂いだって違うとホームの説明をする優希さん。介護施設で働く母親の姿を見て育ち、就職は介護職以外想像できなかったという。「いわゆる施設っぽいところでは働きたくなかったから」。みねやま福祉会を志望した理由とホームの風景が一致していて、話ながらそのことに改めて気がついたように小さく頷く。

ヘルパーをしていた母親に寄せられるご利用者からの相談を聞くたび、信頼を置かれる存在に憧れた。やがて母親は資格をとって介護士となり、目標になった。「なかなか母のようにはいかないですけど」と冗談めかして続ける。「担当するご利用者さんは、ほとんど自分の考えや気持ちを話せなくなってしまった方です。認知症が進んで、毎朝初めて出会ったことになっていて。私のことを覚えている人がいないのは寂しい」。柔らかな笑顔のまま打ち明けられた、彼女の向き合う現実。「今日はどんな気持ちで何がしたいのかな」。目に力が入っていたら、何か訴えたいことがあるのかもしれない。寂しそうな表情をしていたら家族の写真を見せてあげよう。眠たそうだったら、寝かせておいてあげたい。老いをふつうのことと受け止めて、優希さんにとってのふつうで答える。私だったら、どうしたいだろう。かつて、祖父のように慕っていたご利用者がいた、なんとなくあいさつをせずに帰路に着いた日、その人は急変して帰らぬ人となった。家族の前で声をあげて泣いたときから、彼女の想いは一層強くなった。「明日はないかもしれない。この人が喜ぶことをしたい」。

会話の一言にも、介助の一手にも、優希さんの意思がある。ご利用者も、職員も、それぞれのふつうを抱えながら生きている。その当たり前のことをなかなか認められなくて、世の中いろんなことがうまくいかない。けれど、弥栄はごろも苑での優希さんの笑顔から、ここではみんなのふつうが、大切に紡がれていることが伝わってきた。

「これから夜行バスで東京に行って、大好きなバンドのライブに参戦するんです」。優希さんの笑顔が咲いた。

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